「茶線の乱れは心の乱れ」とは、よく言ったものだ。 気を静め、心を無に近づけなければ、不安定なボート上での「水茶」は淹れ難い。しかも、より難しい利き手とは逆のレフトハンドでのノールック。茶線には濁りが一切無く、自身もそこに存在しないかの様に透明である。これには、信玄ヘラを狙う太公望も淹れ られた事には気づかず、ただ無意識に受け、茶の声を聴くばかりである。多忙な二十一世紀、水面に己の心を映し出し、ゆるりと茶を飲むのもよいだろう。

解説:白坂志雄人(茶藝師匠) 写真:前田景

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