訪れる場所
スタジオキャメルハウス
出会った人
田辺玄 森ゆに
甲府盆地を毎日のように眺めて暮らす音楽家の田辺玄さんと森ゆにさん。二人は甲府で暮らしながらも山を越え、日本各地に歌と演奏を届けている。山梨と東京と地方を行き来する生活。そこから得られる何かを知りたくて、自宅兼レコーディングスタジオであるスタジオキャメルハウスを訪ねた。


目の前に広がるのは甲府盆地と山々の稜線、天気が良ければ富士山まで見える。まさに風光明媚を絵に描いた、なんと贅沢なランドスケープなのだろう。そんな思わずため息が漏れてしまうロケーションで暮らすのは田辺玄さんと森ゆにさん。二人は甲府市を拠点に活動する音楽家だ。

甲府出身の玄さんは甲府一高を卒業後、国立音楽大学に進学するために上京。その後は自身もメンバーであるバンド・WATER WATER CAMEL(現在は活動休止中)のメンバーと、キャメルハウスと名付けた都内の一軒家で共同生活を送っていた。再び地元に戻って来たのは28歳の時。しばらくしてゆにさんと結婚し、甲府に自宅兼レコーディングスタジオであるスタジオキャメルハウスを構えた。

「いろいろな人が家に集まるカオスな生活は音楽をやる上で刺激的で、いつか地元にも生活するように音楽を作れる場所を作りたいと思っていたんです。ここは貸しスタジオではなくて、気心を知れた人たちとじっくり仕事をするための場所ですね。生活の場所でもあるから、良くも悪くも時間を共有する。同じ釜の飯を食う時間って大事だと思っていて、生活と音楽が共にある感じって作品に表れるんですよ」

まずはお茶。レコーディングはその後で。

スタジオキャメルハウスにゲストが到着すると、そのまますぐにレコーディングという流れにはならない。まずはリビングでお茶やコーヒーを淹れる。WATER WATER CAMELの「想像をこえる日」という曲に「ようこそ僕らの家へ 心から歓迎します お茶にしますか 珈琲にしますか」という歌詞があるように、家族同然にひとつ屋根の下で音楽を作るのだから、世間話をしながらひと息つこうじゃないか、ということなのだろう。

「僕らはキッチンを解放しているから、朝に誰かがお茶を淹れたり、自分の出番が終わった人がお茶を持って来てくれたりするんです。お茶の時間は生活しながら音楽を作っているイメージと直結しますね」


玄さんとゆにさんは甲府で暮らしながらも、ライブで全国を行脚することが多く、東京のプロダクションからNHKドラマの音楽など大型の制作案件を依頼されることもある。山梨とその他の土地を行き来する独自の活動スタイルから、どんな影響を受けていると感じているのだろうか。

「各地でイベントを主催してくれる人たちが丁寧に準備してくれるから、それに応えたいという気持ちにさせられます。そこから良い関係が生まれて、その先に繋がっていくんです。その他に大型のお仕事の刺激もあるから、私たちの身ひとつと少ない機材で地方を回るというやり方と相まって、うまく均衡を保つことができている気がする」

「僕らは東京で暮らしていない分、どの仕事も同じ気持ちでやれるという部分があるかな。もし東京で暮らしていたら、もっと大きな仕事を取らなきゃと焦っていたかもしれないけど、ここでは一定の距離を保ったまま地方や海外の仕事もやれたりする。今の形が理想的だし、すごくフィットしていますね」

最近の玄さんとゆにさんの演奏はライブハウスではなく、お店や多目的スペースなどのミニマルな空間で行われることが多い。主催者と直接コミュニケーションをとり、観客との距離が近いライブを繰り返す。その積み重ねは二人の交友関係でもある。

「たとえ1年に1度のライブだとしても、これから何十年も続けていくためには、お互いが密な関係になれてこそ。僕らは活動を無理に広げていこうという意識はなくて、大切な人たちと場所と関わり続けていきたいんです。その結果が仕事に結びついているというか。各地の人たちに刺激を受けるだけでなく、僕らも何かを還元していけたらと」

日本各地でのかけがえのない出会い。その片鱗はスタジオキャメルハウスの空間にも表れている。たとえば二人が愛用している急須と湯呑みは、親交の深い大園篤志さんの作品だ。

「作っている人の顔が見えるというのは理想的ですね。離れていてもその人を感じられるし、大切に使い続けようと思わせてくれるから」

お茶を飲み終えると、二人はスタジオで何気なくTHE BOOMの「中央線」を演奏してくれた。歌詞の真意とは違うのかもしれないけど、遠く離れていても行きたい場所があって、その数だけ会いたい人たちがいる。一人ひとりの顔を思い浮かべながら、二人はこれからも甲府から会いにいくのだろう。

PROFILE

田辺玄 森ゆに

Gen Tanabe / Yuni Mori

甲府市を拠点に活動する音楽家夫妻。「14歳の頃、バンドではじめて演奏した曲がTHE BOOMの『中央線』でした。今も変わることのない大切な曲です」(玄)。「最近少し忙しく家事もままならず、気づけば週4回くらい城東の豊鮨に行っていました…。いつも笑顔で迎えてくれてありがとう」(ゆに)

http://studiocamelhouse.com

http://moriyuni.net/

取材・文:加藤将太 写真:中川正子

トップへ戻る